高校英語教師の授業日記

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久しぶりに
2004年 08月 05日 |
久しぶりにまともな「英語教育」の本を読んだ、という気持ちになった。一時間くらいで一気に読んでしまった。斎藤孝+斎藤兆史「日本語力と英語力」中公新書ラクレ。

最近の「コミュニケーション重視」に偏った英語教育に対して警鐘を鳴らした本である。

ある中学校一年生の教科書に、ハンバーガーを買いに行くときの会話が取り上げられていたことをまず例にあげ、このような「その場でしか使えない」ような応用のきかない会話例を教科書に載せるよりも、もっと基本を大切にしなくてはならないのではないか、ということを対話形式で主張することからこの本は始まっている。

基礎がないのに自由に討論させようとしたりするのは、まるでテニスコートで「自由に打っとけ」と言うテニススクールのようなもので、そんなスクールには誰も行かないだろうし、上達も望めないだろうという例などは思わずにやっとしてしまう例であった。

日本語の力を100持っている人が英語を頑張ればその6割くらいは身に付くが、日本語の力が30しかない人は、どう頑張ってもその6割は行かないということや、日本人にとって英語はきわめて異質な言語であるのだから、習得するためには地道な努力が必要だということ。

また、学校というところはそのあとで自分で道を切り開いていくための基礎固めをするところであるということもはっきりと書かれており、胸のすくような思いがした。

ただ、私の認識の中で足りなかったところは、基礎固めの中の「訓練」という発想。確かに上達のためには訓練は必要であるのだが、訓練をさせるというのはとても困難であり、とくに今の勤務校のようなところでは反復練習などはとても難しい。

しかしもしも私が何かを身につけようと思ったら、やはり自分では基礎固めをしようと思うだろうし、反復練習もやろうとするだろう。なぜならそれが何かをマスターするためには必要だと体でわかっているから。

それを生徒にもやらせないといけないな、ということは今回私がこの本を読んで考えたこと。

これまでのような勉強は続けていくつもりだが、授業の中でそういう「訓練」的な要素をもう少し入れていく必要はあるのだろうな、と感じた。
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by blogbebe | 2004-08-05 14:51 |
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