高校英語教師の授業日記

思ったことなどを時々書いてます
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2004年 10月 30日 |
という番組が日テレで始まった。特に見るつもりもなかったのだが、ちょうど夕食を食べる時間とかぶったこともあり、つい見てしまった。

世界一受けたい授業

今日のゲストは経済学者の森永卓郎さん、科学者の米村でんじろうさん、そして「声に出して読みたい日本語」の斎藤孝さんの3人。それぞれがご自分の研究分野の中から、現在の我々に面白いだろうと思われるような内容を話してくれた。

森永卓郎さんの、「1000万なければ東大に行けない」という説は面白かった。東大の学費もさることながら、そこに至るまでの塾代、予備校代、私立中高への学費などを考えると、それくらい必要だというのだ。「これが現実です」とおっしゃっていたけど、私も同感。もちろん、お金がなくたって優秀な人はいるだろうし、1000万なければ絶対に無理というのではないけど、可能性としてはそちらの方が有利になるに決まってる。

でも、結論の「これからの日本はサザエさんの家庭を見本にするべき」というのはちょっとなんかあまりにもわかりやすすぎると言うか簡単にまとめ過ぎと言うか・・・。わからなくもないけど、前半の「1000万・・」とは違う次元の話で、んんんーって感じでした。

次の科学の方はまあ面白かったけど、結局科学って実験じゃなければ面白くないのかしら?って思ったら、それはちょっとねえー。。でもだからって抽象的な話をしちゃったら、普通の学校の授業と同じになっちゃうから、それじゃあ番組の趣旨に沿わないのか。

3人目の斎藤孝氏はとてもとても期待していたのだが。。。

確かに面白かった。「世の中に出て大切なことは『段取り力』だ」という主張。何をするにも段取りが良ければうまく行く、という。アポロ13号(でしたっけ?)が無事生還できたのも、この段取り力のおかげであったということ。そしてそれを鍛えるためには、料理番組を見てポイントをメモする訓練をするとよい、ということも。

へえーーー。と思った。けど・・・

なんかハウツーに過ぎるなあとちょっと思った。確かに要領とかって大事だし、ポイントをつかむ力は、さすがゲストの菊川怜さんなんかは他のゲストよりずば抜けて上手でした。でもまあねえ。それって人間の力の一部であって、それをみんなが求めだしたり、またはそれを持っている人間が優秀でそうではない人間はバカ、みたいになってきちゃうのはちょっと違うんじゃないかなーと。

結局、最初の森永氏も最後の斎藤氏も、世の中の価値観が「学歴によって計る頭の善し悪し」にかなり大きく左右されていることのど真ん中にいるよなあ。と思いました。社会学者の宮台真司氏が以前どこかで書いていた、「社会が学校化している」というのは当たってるなあと改めて思う次第。

なんか、もっとニュートラルにならないかな。

「勉強だけじゃない」なんていって、総合学習とかを取り入れたりしながらも、世間全体はやっぱりこれまでの学歴偏重。本当に「勉強だけじゃない」って言うなら、そっちから変えないと。。

私はその流れとは両方とも逆がいいなあと思っている。すなわち、学歴偏重の世の中ではなく、でも勉強は大切だ!とみんなが思っている社会。

さっ。グータン見よーっと♪テレビ漬け(^^;;
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by blogbebe | 2004-10-30 23:22 |
2004年 10月 30日 |
インターネットでできること

いろいろ思うこと、考えることはありますが
取り急ぎトラックバック。

onoz223さん、どうもありがとう。
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by blogbebe | 2004-10-30 15:18 |
2004年 10月 28日 |
今日はテストを返した。その後少しだけ授業。

どのクラスも、教室に行くと「今日テスト返ってくる?」と聞く。大して勉強もしてないくせに、やっぱりテストの結果はすごく気になるようだ。

「テストの裏に答えが印刷してあるから、それを見て採点間違えがないかどうかチェックしてねー」「平均点は出してないけど、赤点は25点以下だよ」と言ってから返す。

テストの裏に答えを印刷するのは、初めはかなり驚かれた。だって、自分が書いた答案の裏に模範解答が印刷されて返ってくるのだから。「えっ?これはじめからなかったよね?…まさかね」という顔をする。1学期の中間はそれが面白いんだけど、それももう2学期になると慣れてしまってちょっとつまらない。

これも結構な印刷技術がいるんですよ。・・・って大したことないけど(笑)

返すと、だいたいギャーギャー言い合って、見せ合ったり隠したり、勝ったとか負けたとか、スゲーとかダセーとかいろんな言葉が飛び交いながらちょっと騒然とする。そして計算をする子もいるけどたいていは点数に一喜一憂して騒いでただ時間が過ぎて行く。

だからすぐに授業に入る。解説はしない。本当はした方が良くて、できなかったところを見直したりする事が一番大切なんだけど、この学校の子たちはそれをすごくいやがる。聞かないのですごくうるさくなるし、こっちもイライラしてしまう。だから「すんだことはもう忘れよう。今日からまた新しく頑張ろう」といって新しいプリントを配ると、よし、今度こそ、って感じでまじめにやり始める。

そして授業の中で、「この前のテストにも出したけど」といいながら、復習をそこに混ぜてしまうのである。

面白い。というか、カワイイ^^

だから今日の授業は、どのクラスもとてもよかった。

採点しているときは、「あんなにやったのにどうしてこんなにできないんだ!」と怒り心頭でいるのだが、いざ返してみると生徒たちは生徒たちなりにその点数に傷ついたり落ち込んだりしている。そして「もういいよ、オレはどうせ」みたいになっているのでこちらは怒る気がなくなってしまい、なぜか励ます側に回ってしまう。

「やってもやってもできない、ということはないと思うよ。できてない子はたぶん授業中聞いてないか、寝てるか、遊んでるか。それか、授業中は聞いているけど、試験前に勉強しなかったか。授業中もちゃんとやって、試験前にもちゃんと勉強して、それでも取れなかったら考えなきゃいけないけど、だいたいそうじゃないんだから、これからちゃんとやればいいじゃん」とか言ったりして。

「頑張ろう、と思ってるのに頑張れない人。そう言う人は、もしかしたら生活が乱れてるのかもしれないよ。ご飯をちゃんと食べる。夜はちゃんと寝る。そう言うことをしないと、いくら頑張ろうと思っても頑張れない。バイトもやる、夜は遊ぶ。夜更かしする。それで頑張ろうったってそれは無理。人間、そんなにたくさんのことはできないからね。」と言ったクラスもあった。

甘いなあ。

そして授業をはじめると、まあーマジメにやるんだわ、これが(^^;;

やり始めない子もいるけど、「○○、やった方がいいんじゃない?」と注意すると「そうだねー」といってやり始める。

もうなんか、かわいいです、本当に。

でもこの雰囲気はすぐにまた元に戻る。明日までくらいは持つかなー。。それを期待しつつ。。。
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by blogbebe | 2004-10-28 21:58 |
2004年 10月 27日 |
以前、夫がどなたかから聞いてきて教えてくれた「電車男」。最近、本にもなって、今度映画化もされそうだとかされそうでないとか…。

2ちゃんねるのものだそうで、初めはなんとなく怪しんでいましたが、読み始めたら一気に読んでしまった。すごく面白かったです。

本も本屋でぱらぱらと見てみましたが、やっぱりネットの方がなんというか臨場感があると言うか…。絵とかもやっぱり画面上で書いている方が、ああいう絵は何となくしっくりくると言うか。

結構感動しますよ。全部読むのにかなり時間かかりますけど、私はとてもカルチャーショックを受けました。世の中、こんなことになってるんだ〜…と。

お時間があったらぜひ♪なくてもぜひ(^^)→「電車男」
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by blogbebe | 2004-10-27 21:22 |
2004年 10月 27日 |
a0027280_20572176.jpg写真は、去年の春先に私とおそろいで編んだマフラーをした我が家の猫。え?ダンナとお揃いじゃないかって?いいえいいえ、猫と私と二人のお揃いです♪

猫はいやがるかと思ったら、寝起きのぼーっとしたときにささっと巻いてしまえばしばらくは気付かない。そこで写真を撮る…と。1分くらいすると気付いて取ろうとするので、そうしたらはずしてあげる。結局、写真を撮るためだけに編んだ・・・のかな。しかし、写真も急いで撮るので(そして去年はデジカメ買ったばかりでまだピントもうまくあわせられなかったので)ちょっとボケボケです(^^;;

でもかわいいでしょ??うふん(*^_^*)

さて。短かった幸せな試験期間も終わり、明日からまた授業だそうで…。

でも、明日あさってと授業をしたら、文化祭準備及び文化祭に突入するためにまた10日間近く授業がない。だから明日とあさって、何かやっても忘れるだろうなあ。まあ、そうでなくてもどーせ忘れるんだけどさ。イジイジ

明日は、テストを返した後、文の構造をまとめて、ということでこれまでやってきた様々な文をまとめてやろうと今日プリントを作りました。

述語にはbeを使うものと使わないものを混ぜ、目的語が一つの文、二つの文、結果状態が入る文、そして時と場所を表す句が入る文。

並べ替えの問題は好きな子が多いので、明日はちゃんとやるんじゃないかな。テスト後の最初の授業だし。

そしてその次の時間には疑問詞疑問文をやり、文の構造を再確認。

3時間目からは、L.A.Hillの短編。どうやってやるかは今考え中。初めは文字を見せないで口頭で話して聞かせてみようかなと思っているところ。まずは単語をやらないとダメかもしれないけど。

時々授業のはじめにディクテーションをやるんですが(特に暑かったり5時間目だったり、なかなか集中するのに時間がかかるだろうと思われるとき)、それは結構好きな子が多く、「え?もう一回言って」と言いながら必死で書き取る雰囲気はあるので(そういう、その場限りと言うか機械的な作業は得意な子が多いですねぇ)、読み聞かせも、あまり長くなければ聞いてくれるかなあ。一段落ずつだったら何とかなるんじゃないかと密かに期待。

期末テストまで、少ないクラスはたったの7コマしかないので、この短編を一つ読んだらもう試験ですね。。

おまけ教科かもしれないけど、もうちょっと時間数が欲しいところです。・・・といっても、彼らはやりたくないかもしれないけどね(-.-)
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by blogbebe | 2004-10-27 21:04 |
2004年 10月 26日 |
10月23日のpetitneigeさんのブログを拝見し、おもしろいなーと思っていたところ、またまた偶然に面白い研究を発見。

今年の9月中旬に行われた認知言語学会。私は行かなかったのだが、ハンドアウト集は借りていくつか興味を引かれるものをコピーさせてもらっていた。まだ読んでないのがほとんどだったのだが、その中の一つ、"A Cognitive Approach to Emergence of Verbal Meanings from Adjectival Category: Relationship between Subjectivity and Cognitive Shifts" (Mika Shindo and Hitoshi Isahara)に面白い研究があった。

ハンドアウトだけなのであまり詳しい事はわからないのだが、そこではclearという単語の意味変化を歴史的に追っており、昔はbrightという意味で使われていたのが時代を経るごとにtransparentという意味を帯びるようになり、その後、動詞で「(机などを)きれいにする」→「(ほこりなどを)きれいにする」という意味を持つようになっているようだ。

この変化を、「主観化」という観点からとらえている。

ここで言う「主観化」とは、初め客観的な意味であったものが、徐々に話者の視点からの判断というものが加わって行く変化のこと。

例えば、助動詞でmayとかmustとかは一般的には前者は「〜してもよい」「〜かもしれない」、後者は「〜しなければならない」「〜にちがいない」という二つの意味をそれぞれ持っていると学校などでは教えられるが、歴史的に見てみるとそれぞれ前者の意味の方が後者の意味よりも古くから使われているらしい。

もともと、何かを「してもいい」とか「しなければならない」とかいう、客観的な許可とか義務とかの意味だったのが、次第に話者の判断という視点が入るようになってきたのだと言われている。

それと同じことがこのclearという形容詞でも起こっているというのである。

例文を見てみると、確かに一番古い文では、現代英語にすると

There comes... a light burning clear and bright.

という文で、次に

He is like a horse that chooses rather to drink muddy or turbid water than the clear water of a well.

Methinks he should the sooner pay his debts, / And make a clear way to the gods.

I had a clear view of the procession from my bedroom window.

という順に現れている。

そしてこれらは意味をよく考えてみると、徐々に下の文に行くに従って客観的な事実だけではなくて、話者に取ってどうか、という視点が加わっている事がわかる。

このハンドアウトでの主張はこの後このclearの動詞の意味にまで言及しているが、それは省略する事にしても、petitneigeさんのniceという例も、主観化ということで捉えられないだろうか、と思った。

「英語語源辞典」によれば、niceの意味は「はずかしがり」「愚かな」が最古、次が「気ままな」「趣味の凝った、やかましい」が登場、「難しい」は16世紀に入ってから使われるようになり、その後件の「微妙な」という意味が16世紀の半ば、その後、「厳格な」、18世紀に入って「おいしい」「すてきな」という意味が出てくるようになる。

古英語は読めないし、例文も全部見たわけじゃないのだけど、少なくとも「微妙な」から「すてきな」という変化にはこの主観化が入っているのではないか?

「微妙な、細かい、精密な」…このあたりは客観的な事実。でもそれが「おいしい」とか「すてきな」になると話者の意見が入ってくるわけで、精巧だという事に対しての話者の判断ということで・・・

といってもこれは「これもそうかも?」という直観と言うか印象のようなものなので、ちゃんと言うためにはもっと調べなくてはなりませんが。

調べた方がいらしたらぜひ教えてくださいm(_ _)m
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by blogbebe | 2004-10-26 23:31 |
2004年 10月 25日 |
a0027280_20534193.jpg採点、終わりました。。(ーー;;

まずは良かったこと。成績を徐々に伸ばしている子が何人もいること!って言っても、常に試験範囲は違うのだから一概には言えないけど。でも一学期50点、60点をウロウロしていた子で今回一気に80点、90点代に上がった子が何人もいた!これはとても嬉しい(ToT)
頑張ったね!と言って返してあげたいと思っている(^^)

そして悪かったことは、やっぱり定着度の悪い子がとても多いこと。これはやっぱり多いな。あんなに何度も同じ問題をやったのに。どうして??前の日に「わかった」って言ったじゃん。なんで??という子が何人も。。

それから、ハナからあきらめている子が何人かいるのだが、その子たちはやっぱり全然書けてなかったこと。わずかに並べ替えの問題などは書けているけど、それも主語しか合ってないとかそんな感じ。。個人的に説明をしようとしても聞いてくれない。「ハイ、ハイ」と言いながら全然頭に入って行ってないのがわかる。

不真面目なためにそう言う態度をとっているというのならまだいい。でも本当に心配なのはまじめなのに、話が入って行かないという子なのだ。

こういう子たちについてはどうしていいかわからない。もちろん英語だけじゃないし。

明日、もういちどじっくり答案を見ながら、今後の方針と対策を立てたいと思っている。毎日放課後の補習をやろうかということもちょっと考えている。でもそんなの、場違いかなあ?だってここは工業高校なんだもん。普通教科はおまけなんだもん。。

授業中にやったことができないんだから、そして一生懸命やってできないならともかく、遊んでいてできてない子もたくさんいるから、そういう子は強制的にできるまで居残りとかさせてみようかなあ…とか。

毎日はきついから一日おきかな。とか。でも一日おきじゃあ定着しないから意味ないかなあ。とかとか。

テスト後の授業の内容はもう決めている。L.A.Hillの短編。文の基本的な構造を確認する意味で。そして疑問詞疑問文をやってそれに答える練習もできれば、今回の復習もできるし。

どれを読むかはまだ未定。でも期末まで少ないクラスで7時間しかないのでそれでちょうど良いと思う。

しかし期末テストは12月の初めだけど、それまでにたった7時間ってすごいと思いませんか?一ヶ月以上かけて7時間しかなかったら、定着なんておよそ無理。11月の初めに文化祭があるから仕方ないと言えば仕方ないんですけど、でもやっぱり週に2コマというのはつぶれると痛手が大きいです。

工業高校だから普通科目はおまけ…そう思っても、やっぱり英語に対してコンプレックスを持っている姿とか、またはできたときの嬉しそうな姿とかを見てしまうと、欲が出てしまうのですよね。

採点中に、あまりにも×が多いのでふてくされてすごい姿勢でやっていたら、同僚の数学の先生に「やる気ないね」と言われたので「いや、そうじゃなくてムカついてるのー。なんでこんなに×が多いんだ!!」と言ったら、「そんなの、今に始まった事じゃないじゃん」と、励ましとも何ともとれないような言葉をもらった。

確かに、そう。

いつも期待しては裏切られる。

でも時々びっくりするような嬉しい事がある。

そうやってかき回されるから、楽しいのかなあ。。

今回のテスト、できのいい子もたくさんいたけど、それ以上にできない子の多さにやっぱり頭に来たり腹が立ったり。

でもまた「次こそは取らせてみせる」と思っている。立ち直りが早いのか、はたまたアホなのか。「教員は鈍感じゃないとやってられないよ」というのは真実だと思う。

そういえば、珍答は今回はとても少なかったけど、一つだけ。

Sugar Baby Loveの訳で、"I didn't mean to make you blue"という部分があるのですが、それを
「私は化粧を青くするつもりはない」…だって(T_T)
・・・何度もやったのになあ。。でも笑った(笑)
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by blogbebe | 2004-10-25 20:54 |
2004年 10月 24日 |
昨日、「最近のモヤモヤの原因が分かった」と書いたが、やはり何かの答えを求めているときには偶然の力が働くものだ。

今朝の朝日新聞に、映画監督の新藤兼人氏のインタビューが出ていた。

「…(略)…本当に心を込め、心を密に通わせるような仕事でなければ本物にはならない、と。互いに踏み込まないようにやっている用心深い仕事は、「こしらえごと」の域を超えることはできないのです。頭でいくら綿密に組み立てても、日程通りに内容が進行していても、仕事への強い情がなければ満足できる完成に至らない。実に仕事というのは面白いほどはっきりしているものです。…(略)…。」

また、今日のYahoo!の新着情報のところに「現役のホームレスによるブログ」というのが紹介されており、ちょっと興味があったのでのぞいてみたら中にこんな記事があった。

ニート化する若者たち

仕事というのは自分を高めてくれるものでなければならない。そしてそのためには心を込めたいと思う対象であることが大切だし、また、心を込めなくては本当に良いものはできない。

昨日の「夜回り先生」の水谷先生のような仕事はとても価値のあること。

そして今の私の勤務校の子供たちを見ていると、多かれ少なかれ、そういう「基本的に健康で生きて行きたいという気持ち」を持つ事がまずは必要なのだろうと感じる事が多い。

でも、それもやって授業もやって、というのは正直言って不可能。

同じような気持ちは、「カンパのお願い」とかが回ってきたときも感じる。

目の前に困っている人がいる。まずはお金が必要。だからカンパを、と言われる。

そこでお金を少しでも出せば自分の自尊心も満足できるし、その困った人も救われる。

でもそこでお金を出す事が果たして本当に自分のするべき事なのだろうか?

でも結局はそこで自分の考えを貫く事ができず、周りの人たちがどうしているかを伺いながら適当に合わせてしまう自分。

目の前に困っている子供がいる。勉強どころではない。英語以前に基本的な心の安定が必要と思われる。その子に対してはじっくりと話を聞いてあげたり必要な援助をしてあげる事が必要だけど、それをやりはじめたら私がもともとやりたかったことができなくなる。それでもそちらへ行くのか。

とまああれこれと考えながらも、結局はこれまでどおりどっち付かずで行くのだろうな、という気がする。だってそれしかやりようがないもの。悩んでいる間に時間はどんどん過ぎて行くし。
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by blogbebe | 2004-10-24 11:22 |
2004年 10月 23日 |
最近、勉強も今ひとつやる気が起こらないし、仕事も何となく気が抜けた状態。これはどうしてだろう、どうしてだろうとずっと考えていた答えが今日やっと見つかった。

夕方、本屋で何気なく手に取った「夜回り先生」(水谷修著)。最近の新聞広告かなにかで本の存在は何となく目にとめていたのだが、それが本屋で山積みになっていたのでつい手が伸びた。

一気に読んでしまった(リブロの店長さん、立ち読みしてスイマセンm(_ _)m…でも10〜15分くらいで読めてしまった)。そして「これか」と思った。

試験の前の日の授業もおよそ試験前の雰囲気ではないとこのブログにも書いたし、昨日も、全体的にあまり出来がよくなさそうな雰囲気であったことは書いた。

3年前とは格段に違っているのはそこなのだ。

3年前もやった内容は今とあまり変わらない。文の構造とか、否定文とか疑問文とかからはじめた。でも今と全然違ったのは、試験前は一応「試験前だ」という雰囲気が少なくともあった。だから、あるクラスなんかは平均点が85点だったりした。

でも今年はそれがない。もちろん、クラスの中にそういう子はいる。何人もいる。でもそうでない子の割合がとても多い。明らかに、勉強なんてどうでもいい、あるいは勉強どころではない、という子の割合が増えているのだ。

先日、うちの学校に週に1度ずつ来ていただいているスクールカウンセラーの人とお話しする機会があった。その話の中で、ある子がリストカットを何度かやっている事を知った。その子は私にはそんなことはまだ全然話してくれないし、そんな様子は全然見せない。

でも勉強もあまりしない。やればできる、優秀な子なのに、しない。

先ほど紹介した本は、水谷先生という高校の先生が夜の街を見回って、危険な目にあっているたくさんの子供たちを救ってあげたり、また救えなかったした話が載っている。

親や兄弟に性的な、あるいはそうではなくても暴力を受けている女の子の話、お母さんと二人暮らしなのにお母さんがお酒と薬に溺れ、子供に「一緒に死のう」と夜、首をしめてくるので眠れないという男の子の話、お母さんと子供11人で一緒に住んでいる子が食料を万引きしてしまう話、などなど、大人の犠牲になっている子供たちの話がたくさん出てくる。

そして、そのぎりぎりのところで水谷先生に出会った事で更正していく子もいれば、一寸タイミングがずれてしまったために死んでしまった子、自殺してしまった子などの話も出ている。

うちの学校は、少なくとも今、学校に来る事ができている子たちはそこまでひどい状況ではないとは思うけれども、その一歩手前にいるだろうと思われる子はたくさんいる。

親や家庭がどういう状態であろうとも、その子はいつか一人で自立して行かなくてはならない。そしてそのために必要な事はまずは勉強だと私は思っている。いや、思っていた。でも、状況はそんな生易しいものではないのだろう、とこの本を(立ち)読みしていて思った。

試験前に勉強できない事、それは確かにその子たちの弱さもあるだろうけど、そうさせない周りの環境もあるかもしれない。

そう思ったら、自分が今あの子たちにできることは一体なんなんだろうと思ってしまった。

私は、英語を通じて世界を広げてあげたいと思っている。でも、現実に私が今いるところではそれは求められていないのかもしれない。求めている子もいるかもしれないけど、もしかしたらすごく少数なのかもしれない。

1クラスにいろいろな子がいるから、全員のニーズを満たしてあげる事なんてできない。そしてこの水谷先生みたいに自分の生活をなげうってまで子供たちを救ってあげようというほどの覚悟もない。ナイフでお腹を刺され、生命の危険を感じた事もおありになったらしい。そこまでのことは私にはできない。

でも、今私がいるところは、もしかしたらそういう先生が求められているのかもしれない。

そうだとしたら、私がやっている授業なんて、単なるきれいごとなのかもしれないな。

おそらくそれを何となく私自身が感じているから、授業をやりながらも今ひとつ手応えが得られず、モヤモヤしていたのだろうと思う。

授業の路線をすぐに変える事はできない。でも少し子供たちと本音で話す時間を作らなくては行けないかもしれないな、と今日は思った。

のめりこみすぎると抜けられなくなるから、と、敢えて避けてきた道。今でもあまりのめりこみたくはないけど、表面的な授業を続けるのもイヤだ。
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by blogbebe | 2004-10-23 21:42 |
2004年 10月 22日 |
a0027280_23505264.jpg今日はテスト一日目。一時間目が英語。

2年生のHさん(女子)が朝8時から来て勉強。…っていったって、昨日は実習の居残りがあって補習に出られないから、今日やることになっていただけ。

彼女、授業中は元気でちゃんと勉強しているときもあったにはあったけど、ほとんどが何か他の事をしているか寝ているか。とある理由で精神的に不安定になることは重々わかる…っていうか私などにはわからないほどの重圧を彼女は抱えているので仕方ないのかとも思いつつ、でもやっぱりそういう状況だからこそ勉強はしっかりやってほしいと思うもの。

でもやはり一人では抱えきれない問題なのか、(もちろんそのせいだけではないのかもしれないけど)なかなか勉強には向かえない。次々とつきあう男を変えたり(結構かわいいし、女の子がほとんどいない学校なのでよりどりみどり)しながらなんとか安定を保っている感じ。

その彼女が朝から来て勉強する、というのでこれは遅れてはいけないといつもより少し早めに家を出た。

もともと頭は良い子なので、コツを教えればささっとできる。今日も小一時間の勉強で、それまで何となく頭に入っていたとはいえ、ポイントはほぼつかんでテストに臨んでいた。

テストが終わって、廊下で何人かの子たちとすれ違ったりした。授業中はわかっている感じなのに、いつも点数に結びつかないO君は、「どうだった?」と聞いたらちょっと恥ずかしそうにというか自信をちょっとのぞかせながら「一応、全部書いたけど…」と言っていた。職員室に帰って彼の答案を見てみたら、今回は良さそう。

昨日、4時間目につきっきりで教えてあげたI君は全然ダメな気配。まだぱらぱらっとしか見ていないけど。あれっきり見直さなかったんだな。夜、もう一度やるんだよ。朝起きてもやるんだよ、と言ったのにな。

でも、ぱらぱら見た感じでは、思ったほど出来は良くない。と言うか、私が「こんなにやってるのに」という思いがあるからかもしれないが。あんなに疑問文と否定文をいっぱいやったのにまだできないかー。。ここまでくるとやっぱり「やる気」とか「動機付け」の問題だと思ってしまうなあ。

「なんであんなに疑問文と否定文をやったのに、疑問文と否定文ができないんだ!!」と職員室でつぶやいていたら「そんなの当たり前じゃん〜。できないからここに来てるんだよ」とさらっと理科の先生に流されてしまった。

えー。。でもやればできると思うんだけどなあ。。

できない、ということがコンプレックスにならなければ、別に私は構わない。もちろん、英語をやることで世界が広がって行く感じを味わって欲しいとは思うけど、でも別にそれはどっちでもいい。

嫌なのは、勉強ができなかった、英語ができなかった、ということがコンプレックスになるのではないかという事。コンプレックスというものは非常に厄介で、これが意識されないまま心の奥にしまわれていると、妙にねじくれた形で何かのときに出てくる、と私は思っている。

それが単に自分に向かうだけだったらまだいいけど、他人に向かったり自分の子供に向かったりすると最悪。。そういうことが何かの事件とか戦争とかの根底にあるんじゃないかと思っている。飛躍に聞こえるかもしれないけど、結構真剣にそう思っている。

だから、いい加減に過ごして欲しくないのに。

どうやって伝えたらいいんだろうな。

でもとりあえずはまだ採点もほとんどしてない状態で、今日の午後は年休を取って女性の先生たち5人で、東京駅の丸ビル35階にある、マンゴツリー東京にランチに行ってきた♪

ものすごくおいしい!!というところまでは行かないけど、普通においしいし、眺めは最高、料理の種類も豊富だし、雰囲気はとても良くてとても楽しかった(^^)

土日はリフレッシュして月曜日、恐怖の採点に備えます。
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by blogbebe | 2004-10-22 23:51 |
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