高校英語教師の授業日記

思ったことなどを時々書いてます
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2007年 08月 20日 |
訳あって録音できるポータブルの録音機器を探していた。確か10年くらい前に奮発して買った、録音機能付きのウオークマンがあったはずだと探し出してみると、中に懐かしいカセットテープが入っていた。学生時代に入っていた合唱団の演奏会の「プロ模範テープ」というもの。

私が入っていた合唱団には年に2回、6月と12月にコンサートがあったのだが、そのための選曲も楽譜の調達も自分たちで行う。で、中にはプロの模範の演奏が手に入る曲もある。楽譜ベースで探してくることもあるので、そういうときは手に入らないのだけど、でも手にはいる限りはそれを手に入れてみんなでダビングしあったりする。そのテープ。

懐かしくてちょっと聞いていたんだけど、プロはつまんないなあとふと思い立ち、自分たちの演奏した演奏会テープを出してきて聞いてみた。

昨日の萩本欽一じゃないけど、こんな学生時代が過ごせたことを「幸せだなあ」と思った。

もちろんつたない面はたくさんある。一曲目なんてみんな力んでてなんか声がうわずってるし、おーKさんの子音が聞こえるぞとか、Kちゃん声高くなるとひっくりかえっちゃうんだよねとか、テナーが高音になるとヘナヘナ〜ってなるところのみんなで真似したなあとか、もういろんな事思い出した。同じ学年で学生指揮をやってくれたNくんはすごい人で、でも私は何か知らないけどついつっかかりたくなるタイプで、なんか仲良くなれなかった。でも彼がいたから私の心の底のライバル意識が刺激されてすごく頑張れたんだよなあとか。

今もそのOB合唱団はあって活動しているし、Nくんは自分で合唱団を立ち上げてをれもすごく活躍していて、私は卒業してからずいぶんその二つに誘っていただいたんだけど、その学生時代の思い出を壊したくなくて入れなかった。OB合唱団にはちょっと行ったことがあったのだけど、学生時代の時に比べたらとてもぬるくて、悲しくて行けなくなった。Nくんの合唱団の方は、初めは私も自分で合唱団をいつかやりたいと思っていたので行けなかったこともあるし、途中からは仕事との両立が不可能だと思っていたからいかなかった。

学生時代の4年間は、合唱団一色だった。授業はでてたけど、受験勉強が終わって、唯一解放された4年間だった。思えば大学にはいるまでずっと何かに追い立てられていて自分自身の好きなことを心ゆくまでやれることはなかったような気がする。4年間が終わって、仕事を始めてからはまたその学生の前に戻ったような感じだから、思えばあの4年間は私のこれまでの人生の中では異色の4年間だった。あまりにも異色で、あまりにも大切だったから、社会人になってからそれを引きずりたくなかった。社会人になったら、社会人としての中核に早くなりたかった。合唱団で心ゆくまで満足できたように、社会人としても早くそういう仕事ができるようになりたかった。

でも仕事は学生時代のサークル活動とは全然違った。当たり前だけど規模も大きいし、私がイメージしていた生徒像と、現実の彼等は全然違った。

初めの私立は、みんなお金持ちの坊ちゃん嬢ちゃんという感じで馴染めなかった。都立の一校目は、中堅校だったこともあるが、自分たちで何かしようという子がほとんどいなかった。何で先生やってくれないの?って感じ。それでもがいているときに、認知言語学に会って救われた。その学校と次の学校は、この勉強が私の支えになった。そして今の学校。

先が見えない。

私はこんな事がしたかったんじゃない。大人に何かしてもらおうとしている子供になんか会いたかった訳じゃない。仕事だから割り切るべきなのか?Nくんのように。

…今カセット聞き終わったけど、最後のバッハのモテット1番は、ものすごいいい演奏だったような気がしていたけど…妄想でした(笑) 何か知らないけどアカペラじゃないし(忘れていた)、演奏のスピード遅いし…思わず最後「遅っそ!!」とつぶやいてしまった(^_^;
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by blogbebe | 2007-08-20 10:41 |
2007年 08月 15日 |
私は高校生の頃、趣味悪いとみんなにぎゃーぎゃー言われながらもPL学園の桑田選手の大ファンであった。新聞を切り取って下敷きに挟んでいたし、何を隠そう、写真集だって買った!

幼稚園の頃は前に住んでた幼なじみの男の子が好きだったみたいだし(あんまり覚えてない)、小学校の時は同じクラスのスポーツのできる人気者の男の子が好きだった。中学に入ってからは一つ年下のバスケットボール部の色の浅黒い子がかっこよくて好きだった。そのころまではまともだったんだけど、高校に入った当たりからだんだん趣味が変わってきた(^_^;

時々、すごく普通の人(普通と言っても、「あ、わかる」と言ってくれる人が何人かいると言うこと)を好きになることはあるんだけど、基本的にあまりメジャー路線は好きじゃなくて、なんかちょっと影がある系っていうか、謎系っていうか、この人なんだろう?って思わせてくれる部分がないと好きにならなくなった。(だからたくさん失敗をしたのだ!影は深みである場合もあれば、単なるワガママだったりすることもあるのだ。)要するに刺激がないと飽きる。飽きっぽいだけとも言う(×_×)

で、桑田選手。

彼が巨人に入り、何か知らないが清原が泣いたりとかもあって、その後もマスコミに出てくる姿は白いエナメル靴〜みたいなイメージになってからは興味がなくなり。私も花の大学時代だったこともあってもう全然見向きもしなくなっていた。

で、最近はずっとイチロー命できていたのだけど、今年になって桑田がアメリカに渡った。ほーと思っていたら、この度戦力外通告を受けたとのこと。うーん、しょうがないよねえ、年だし。と思っていたらこんなコラムが。

それでも桑田は腐らない

なんかね、高校時代の私の目は狂ってなかったんじゃないか、と思ったりして。ほほ。現金な私。

桑田選手だけじゃなくて、やっぱり私が一度でも好きになった人には、ずっとずっと頑張って、いい男でいて欲しいものですねー(^_^)
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by blogbebe | 2007-08-15 22:15 |
2007年 08月 11日 |
今日は法事だった。祖母の七回忌。といってもただ親戚で集まってご飯を食べただけで別にお坊さん呼んだりとかそういうのじゃなかったけど。

私は親戚の集まりは昔から嫌いじゃなかった。知らなかった家族の一面が見れるのがきっと楽しかったんだと思う。今日もそんな一日になった。

私の家族は私が5才になった頃から祖母と同居していた。だからきっと祖母のことはたくさん知っているだろうと思われがちなのだが、実は全然知らなかった。一緒に暮らしていただけで、私は子供の頃からずっと外を見て育っていたので、正直言うと関心がなかった。早く家を出たいということばかりを考えていたのだと思う。自分が仕切れる場所に早く行きたかったんだと思う。そのことが今になって悔やまれる。というかおそらくもう一度人生をやり直しても私はそれほど変わらないと思うのだけど、でも、祖母ともっと話がしたかったと本当に思う。

今日、初めて会う親戚もいた。祖母や、会ったことのない祖父の話をいろいろ聞いた。当たり前だけどみんないろいろな思いを抱きながら、それぞれの歴史を刻んできたのだと思った。祖母のことを何も知らない夫は相当退屈だったようだけど、私はその分面白かった。

今もしもう一度祖母に会えたら、もっともっといろいろなことが聞けるのになあと思った。祖母と一緒に暮らしているころ、私は本当に自分のこと「しか」考えていなかった。祖母はきっとそのことをわかりながら、それでも何も言わずに見ていてくれたのだろうなあと思うと、何とも言えない気持ちになる。

祖母の思い出を一人ずつ言うという時間があって、私はそんな思いばかりが交錯していたのでほとんど何も言えなかったのだけど、でもみんなの話を聞いて、祖母のいろいろなことを思い出せた気がした。

みんなそんないろんな思いをもって生きているのに、「原爆投下は仕方なかった」なんてよく言うよね。
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by blogbebe | 2007-08-11 23:11 |
2007年 08月 04日 |
今週から少しずつ休みに入ったので、エアロに出られるように休暇を合わせた。と言うことで今週は大好きなイントラさんのクラスに3つも出れた!!さすがに仕事がなくてエアロに合わせた生活をしていると、集中力もあり、ちゃんと思う存分動ける。しかも体がいい感じになってくる。別にやせるとかそういうんじゃなく、調子が整ってくる感じ。週に3回くらい行けるのがベストなのよね〜。

しかし来週はジムがメンテナンスで休みなのと、そのイントラさんがお休みを取るようで、しかも土曜は法事で!!一度も出られない(;O;) 悲しすぎる。夏休みなのに!

再来週はまた月・水・土と行く予定なので早く再来週にならないかな〜。でも再来週になると学校ももうほぼはじまりそうだ。2期制だから8月の最終週にはもう授業再開なのだ。。。
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by blogbebe | 2007-08-04 18:32 |
2007年 08月 02日 |
夏の合宿(勉強のために2泊3日で行われる行事。結構楽しい。)で、中3の上のクラスのしかも希望している子だけ、チャーリーとチョコレート工場の原書を読ませた。4コマしか一クラスの授業がなかったので、たった5ページだけだけど。

そしたら一人の子がはまった。

その子はもともととても勉強する子で、勉強に向いてるんだと思うけど、もう文法も高校生のをやっていてこのまえ現在完了と過去完了と過去形と進行形の違いを聞いてきた。参考書読んだけど難しくてわかんないわかんないと騒いでいたので、そんなもん、5分で説明してあげるから今度放課後残んなよ、と言ってたらある日職員室の前で待っていた。ので5分で説明した。いや、5分じゃ無理だったかな。10分くらいかかったかも。

その説明している間、その子はものすごくいい反応だった。っていうか、私が話してる言葉が、脳みそにぐんぐん染みこんでいくのが見えるような気がした。そして私の説明は完璧に理解した。私が教師になるまで知らなかったことを。

今、辞書を引きながら一人で読んでいるらしい。文法は難しくないけど、単語が難しいと言っている。文法が難しくないのか。大したもんだ。私が中3の頃は、都立高校入試の問題文を読むので精一杯だった。

私が教えてる子にはもう一人英語のセンスがものすごく鋭い子がいる。その子はこの原書は持っていた。けど難しくて読めなかったと言っていた。合宿中も文章とは格闘してなかった。あのままじゃ伸びないよなあと思う。

私が初めて勤めた中学校ではこんなところまで生徒と来ることはなかった。私も成長したんだなあ。というかあのころは私の英語力も今より遙かに怪しかったし。今より怪しいのに教師になれるんだから困ったものだ。

私も負けないように勉強しなきゃなあ。なんかこんなすごい子に会ったのは初めてだと思う。

一方で、とても怖い気もする。私じゃなくてもっとすごい先生についてたらもっとすごくなってただろうか、あるいはもっと英語の話せる先生についてたら、そっちの力がぐんとついたかもしれないと思ったり。だから題名を「(これで)いいのか」にしたわけだが。
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by blogbebe | 2007-08-02 22:13 |
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