高校英語教師の授業日記

思ったことなどを時々書いてます
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2004年 07月 05日 |
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今日も1時間の試験監督のみ。よーし、今日こそ本が読める!と思いきや、学校では一ページも読めませんでした。やはり。

午前中は、明日の補習で使うプリント作り。合間に試験監督。その他に印刷機のマスターがなくなって取りに行ったり、郵便物を配布したり、お湯を沸かしたり。

お昼を6人で食べに行って(これができるのは試験中だけですね。)、ひとしきりいろんな生徒の話などして少しゆっくりしたお昼を食べ、学校に戻ってからはあさっての試験の印刷、そして指導要録の点検!!

今月の半ばに教育委員会の監査があるので、過去6年間分の指導要録の点検をこれまで時間をかけて少しずつみんなでやってきたのですが、今日はまとめて、押されていない「校長印」を押そう、ということで。そして記入漏れとかのも、今日決着を付けてしまおうということで。

3時から5時まで。2時間。でもやっとなんとかめどがついてほっとしました。

そして帰る前にコーヒーを一杯。そして帰宅。でした。

きっと一般企業の人たちからしたら「ヒマ」なのかも知れないですね。でも、やっぱり教師が勉強する時間が全然取れない、というのは問題じゃないかなーと思うんですがね。。だって私たちの本業は、授業なのですから。(←というと結構、反論が来るという事実が怖いですが。)

試験監督も、今日は暑かったせいか大変でした。勉強してこない子が、すぐしゃべるんですよね。しゃべるんですよ、試験中なのに!「考えてる人もいるんだからしゃべるな!!」と怖い顔して何度も言わないとダメ。でも隣のクラスはもっとかわいそうで、優しい口調の社会科の女性の先生が監督だったのですが、だいぶ騒がしくしてました。カンニングとかそう言うのじゃなく、ただ単に黙って座っていることができないようです。

明日は放課後補習をするつもりでいます。一応、この前、授業で公文式をやったときにだいぶ感触が良かったので、あの方式でやってみようかな、と思っています。今日、さらにプリントを7枚作ったので、全部でNo.11まであります。

何人来てくれるかな。どれくらい頑張るのでしょうか。楽しみです。
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# by blogbebe | 2004-07-05 22:10 |
2004年 07月 04日 |
a0027280_23150.jpg今日も1日、だ〜らだらと過ごしてしまった。でも、やっぱり風邪が治りきっていないようで、咳が止まらない。昨日の夜もあまり寝られなかったので、今日は大好きなエアロビクスにもまた行けず・・・悲しかった(> <)早く本調子になりたい。

ところで、昨日引用した、メイナードさんの言葉ですが、昨日書くのを忘れてしまいましたが、あれはメイナードさん自身の言葉ではなく、18世紀の哲学者、ヴィーコという人のメッセージだそうです。でもあの言葉にとても共感してしまうのは、やっぱり教えていて、そのことは忘れちゃいけないことだと思っているからです。

勉強なんて、努力してするものじゃなく、人間が本当に豊かに幸せになるためにするものだ、と思っているもので、やっぱりその中味は「人間を理解するため」ということが目標になってくると思います。

どんな人でも、自分の人生や生き方には興味があるもので、それに直接訴えてくるものには耳を傾けると思うし、そうして学んだことは本当に心に染み渡るものでしょう。

私は今の学校を含めて3つの学校を経験していますが、先生の中には「勉強が好きな人なんて誰もいない」ということを言う人が結構たくさんいます。ご自分の教えている教科を「嫌い」とはっきりおっしゃる人もいます。すごく不思議です。どうして自分の嫌いなことをやらせることができるのだろう、と。

でも、じゃあ「好きなこと」を教えればいいのか。そのことにとても不安になってしまうことがたまにあります。

私は、英語を教えることが好きだし、まあどちらかといえば教えるというよりも一緒に勉強するということが好きで、その中でいろいろなことを疑問に思ったり発見したりすることがとても好きなんですが、果たして生徒もそう思っているんだろうか、と。もしかしたらこういうことを面白いと思っているのは私だけで、彼らはもっと違うことに面白さを感じているのではないか。そうだとすれば、私が面白いと思って提供していることも、もしかしたら彼らに取ってはどうでもいいことなのではないか・・・と。

そんなこと思ってたら何にもできなくなってしまうけど、彼らと話していると、彼らの関心事と私の関心事があまりにも違うもので・・。そして生活環境とかも全然違う。私の話している言葉なんて、彼らの心には全然届いていないんじゃないか、と。

初めに勤めた中学校で、すぐに友達に暴力をふるってしまう男の子がいました。彼の担任の先生はじめ、いろんな先生たちが彼といろんな話をし、なんでそんなことをしてしまうのかということを一緒に掘り下げていましたが、中学の間は全然変わりませんでした。

しかし彼が高校へ進学してしばらくして中学に遊びにきたとき、もう全く暴力はふるっていないということが分かったのです。そしてなぜそうなったのかということを聞いてみると、なんでもとても尊敬する先輩が高校にいて、その先輩に「手だけは出すな」と言われたことがきっかけだったとか。

ちょっと愕然としました。ヘー、そんな言葉で良かったんだ。もちろん、その先輩に、あるタイミングで言われたからこそ彼の心には響いたのかもしれないんですが、その話を聞いて、人にはそれぞれ「響く波長」というのがあるのではないかと思ったのです。

もちろんその背景には、中学時代にたくさん話をきいて寄り添ってくれたたくさんの先生たちの存在もあったのかもしれません。でも、人が変わるというのはそういうこととはちょっと違う次元にあるのかな、と。

そうすると、今、一生懸命授業のことを考えてやっていても、彼らの波長に合っていなければ意味がないのかな、と。彼らに取っては、もっと波長が合う先生がいるんじゃないか、と。

でもそんなことを考えていてもラチがあかないので、いいと思うことをやるしかないんですけどね。でも、最低限、彼ら自身のプライドや自我を壊してしまってないといいんですが・・・。

あー、咳が止まらん。今日は寝られますように。明日も試験監督、あさっては午後から補習をするつもりなので。
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# by blogbebe | 2004-07-04 22:58 |
2004年 07月 03日 |
a0027280_19491.jpg昨日からうちの学校は試験が始まり、今日も心穏やかな1日であった。私の試験は2年生も3年生も最終日なので、それまではマル付けをしながらイライラすることもなく、今が一番幸せかもしれない。

という訳で、まだ喉が恐ろしく痛いのだが、今日はアルコール消毒♪をしています♪昨日からどうしても赤ワインが飲みたかったのですが、今日も出勤だったので昨日は大事を取りました。風邪引いてしばらく飲んでなかったので、五臓六腑に染み渡ります。

しばらく授業もないことだし、今日からまた本を読んだりしようと思いつつ、今日は試験を作るのに1日費やしてしまいました。でも2年生の分も3年生の分も、解答用紙まで含めてできたので、まあいいか。

でも、行き帰りの電車の中で読んだ本の中で、すごく共感する一節に出会ったのでここに記しておきたいと思います。

・・・学問の世界にとかくありがちなことではあるが、特殊な記号や概念で特別に区分けされた世界で、抽象論をすすめるだけでは、人間無視に終わってしまう。・・・(中略)・・・知とは、閉ざされた象牙の塔の中の遊びであってはならない。学問はなによりもまずその傲慢さを捨てねばならず、最終的に知とは社会生活のなかで人々の共感を呼ぶようなものでなければならない。そして言語学も、人間生活を基盤として人間を理解するためのしごく人間的な学問でなければならないのだ・・・。
   (泉子・K・メイナード著/『情意の言語学』より)

この人は、たくさんの談話分析の本を出されている人であるが、私は談話分析は今ひとつ入って行けないところがあり、大学院でもクラスをとっていたのだが、なんとなくその場限りで終わってしまっている。

でも、今年、池上嘉彦先生の講座で談話分析がテーマになっており、そこでこのメイナード泉子さんの本が紹介されていたので、図書館から借りてきたのであるが、うーん、やはり言語から「人間」というものの存在を忘れてはいけないな、ということを改めて感じさせる一節に出会えたのである。

元々、私が認知言語学に興味を持ったのは、能動態から受動態への書き換えとか、第三文型と第四文型の書き換え問題みたいなのを学生の頃さんざんやらされてきて、でも実はこれらは意味の違いがあるのだ、ということを池上先生の本から知ったからであった。そしてその違いには、人間の「ものの捉え方」というものが深く関わっていることを知り、そうか、目からウロコが落ちるというのはこういうことを言うのか!と深く感動したのであった。

そうであるなら、談話は避けて通れない。話し言葉のなかには、様々な要素がたくさん入り込んでいて、それが人間のものの捉え方を反映しているであろうことは直感的にすごく納得できる。しかし、なんとなくごちゃごちゃしてそうな感じがして、認知言語学をベースに持ちたいと思っている私でもやっぱり談話は敬遠する分野であった。

でも、今日、この一節を読み、やっぱりこういうことも目をそらさないでちゃんと見なくちゃな、と思った。

やることがありすぎる。

中学、高校生にふさわしいテキストを作りたいということが究極の目標にある。(院試のとき、某教授に鼻で笑われたが・・^^;;)そのためにしなくてはならないこと・・・

いつも目標ばかりデカくて、現実が伴わない。少しずつでも前に進めるように心がけて行きたい。
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# by blogbebe | 2004-07-03 19:47 |
2004年 07月 02日 |
a0027280_225125.jpg今日から試験。今日が一番午後に時間的な余裕があるので、今日のうちにということで午後は教科書センターに出張し、来年から新しくなる3年生の教科書の選定をしてきた。

うちの学校は「オーラルコミュニケーション1」という科目があるので、その教科書、全部でなんと19冊!を見て、それぞれの長所や短所などを書き出してくるという作業だ。これが結構大変だった。

しかしそれよりも何よりも、改めて19冊も見てみると、最近の教科書って言うのはすごいなあと思わざるを得ない。絵、写真などがふんだんに使ってあり、まーこれは一体教科書なんだろうかそれとも百科事典なんだろうか、というような色とりどりのページが並んでいる。

一つの章の中に、文化比較のコーナーあり、発音の注意ポイントを書いたコーナーありと、まあ本当によく工夫されていて、どれもこれも一生懸命作られていることがとてもよくわかった。

しかし。

感心こそすれ、もし自分が高校生だったら・・・と考えるとこれらの教科書はどうしてもなんかちょっとカラフルすぎると言うかなんというか。「で、これで英語できるようになるの?」という感がどうしても拭えない。

よく、「楽しく英語を学ぼう」という言い方があるが、まさにこれらの教科書は見ているだけでなんだか楽しい気分になってくるような気がする。いろんな国の写真があったり、挿絵も豊富だし、色もきれいだし。でもその「楽しさ」って「英語を勉強しよう」という楽しさにつながるものなんだろうか??それがいつも私は疑問である。

「楽しい」って、そんなに軽いものなんだろうか?「楽しい」って、もっと、まるで頭の中で何かが組み替えられるような感じで、これまで考えていたこととかなじんでいたこととかが変わってしまったりする瞬間とかを言うんじゃないだろうか?

確かに、知らない国の写真を見るのは楽しい。でも、その楽しさって「もっといろんな国の写真が見たい」にはつながって行くかもしれないけど、「英語をもっとしゃべれるようになろう」につながるんだろうか??

私自身も外国のそういう文化みたいなものに昔から興味はあったが、それは何か「外国のにおいのするもの」が好きだったからだと思う。例えばアメリカやイギリスの本とか、外国人そのものとか。輸入物の食べ物とか。日本風にアレンジされているものにはあまり興味がなかったな。

何が言いたいかというと、わざわざ日本で「検定教科書」として作らなくても、OxfordとかCambridgeをはじめとして、外国人向けに作られている教科書を使えばいいのにな、と思うのだ。日本語はいっさい書いてなくて隅から隅まで英語だし、絵とか写真だって、何となく海外のにおいがするものが入っていて、それだけで「おぉ〜っ」っていう気分になる。

今日見てきた教科書はどれも、とても美しくてとてもよく工夫されていたが、やっぱり「検定教科書」って感じで、外国のにおいがするものは、当然、一冊もなかった。

何か今日は書くことがまとまっていなかったためか支離滅裂ですが。。

最近はあまり勉強の方が進んでいなくてダメです。明日からきちんとまた本も読んできたいと思っています。

※写真は、教科書センターに近いお店のテーブルに飾ってあったグリーン。涼しげでとてもきれいです。ここで水菜とツナの和風スパゲティを食べました♪
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# by blogbebe | 2004-07-02 22:52 |
2004年 07月 01日 |
昨日はとうとう発熱でダウンしてしまいました。今日も実はまだフラフラしてるのですが、明日から試験だし、最後の授業はしたかったので体にむち打って行ってきました。・・・なんて言うとカッコいいですが、うちの学校は、休むと他の先生がその一時間びっちりと監督に入らなくてはならないシステムなので、申し訳ないんですよね。一コマか二コマくらいだったらまだ頼めるんですが、今日は4コマもあったし。

でも、今日出勤したら、おとといの会議に一緒に出ていた人に「知恵熱でしょ?」と笑われました(^^;;・・・よくわかっていらっしゃる。参りました。

そう言う訳で、今日も早退してきました。これからご飯を食べて早く寝ようと思います。ということで短いですが今日はこれにて。
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# by blogbebe | 2004-07-01 17:34 |
2004年 06月 29日 |
a0027280_214939.jpg今日はまた、放課後に会議があった。しかしその会議には私はでたくなかったし、意見だって言うつもりは全くなかった。つい我慢できなくて一言言ってしまったけど。そして今日はまた「辞めたい病」が出てきてしまっている。

私が仕事を辞めたくなるとき、それは授業がうまく行かないときでもなければ、生徒と何かあったときでもない。ただ一つ、「理不尽な強制を受けたとき」だ。

今回の「理不尽な強制」とは、来年度からの学校のカリキュラムについての話し合いの中でである。このような匿名のブログとはいえ、まだあまりはっきりとは書いてはいけないような気がするので細かくは書かないが、うちの学校はわけあって来年から少しカリキュラムを変えなくてはならなくなるかもしれない状況にある。それで、ここ数ヶ月、各教科の代表が集まって何度も会議をしている。

初めに校長がある「案」を出してきた。それについて教科で話し合ってほしい、と言われ、これまで英語科でも何度も話し合ってきた。どうしたら生徒一人一人がよく分かるような授業ができるだろうか、そのためにはどのようなシステムにしたら良いのか。そしてそのことを会議で発言してきた。「英語科はこう考えています」ということを。

私はもともと授業に力を注ぎたいと思っているので、工業高校はちょっと物足りないところがある。でも、こうやって、生徒たちにとってどうしたらいいのかということを考えられるのは本当に楽しいし、来年からの新しいカリキュラムに向けて、この夏休みはテキストを作ろうかな、なんて結構張り切っていた。

しかし、最終的にはその案はほとんど採用されなかった。というか、今日だって会議があったのだから、「それだったらこのような案を出したい」ということを決めていたのに、この前の会議でもいろいろとその原案に意見を出してしまったので、校長や教頭は「また英語科は何を言ってくるのだろう」と思ったのだろう、事前に「英語科はどうするんですか?」と教頭を通じて聞いてきた。だから正直に「こういう意見を出そうと思っています」ということを話した。

そうしたら、なんと、それはダメと言われたのだ。それは通らないと。もう全体の枠組みが決まっているし、その中で考えるしかないと。その枠組みだって、いつ決まったのか私は全く把握していない。第一、その枠組みを変えてはいけない決まりがあるのか?それを言ったら、「今更、その枠組みを変えようというのはどういうことか。日程的には今日、決めなくてはならないのだ」と言われた。しかも、その枠組みを変えてはいけない理由を「時間割が組めないからだ」と言った。

時間割なんてくめないくせに。その証拠に、今日の会議で時間割の組み方について、現在の時間割の担当者に校長は質問をしていたのだが、それは全く時間割の組み方を知らない人の質問であった。

つまり、もう枠組みを決めてしまったかったのだろう。自分の案を通したかったのだろう。

それに、だいたい「今更」って何?会議は何をする場なの?いろいろ状況が変わって行く中で教科でも話し合いをし、じゃあこうしたらいいのではないか、という代案を出しているのに、その代案があまり良く分からない理由のために変えることができないとは?

だいたい、私ももう一人の英語の先生も、まだまだかも知れないが、一応、プロの英語教師としてこれまで働いてきている。どうしたらいいか、ということはそれこそ忘れたくても忘れられないほどいつもいつも考えているのだ。その私たちが「こうしたらいい」というのを、なぜ真摯に聞いてくれないのか?

私は今日の会議できちんと抗議するべきだったのかもしれない。なぜ、英語科がこうした方がいいと思っていることを聞かずに、校長の原案を通そうとするのか、一体何のための会議なのか、何のためにこれまで教科の話し合いをしてきたのか。時間割が組めないというのはどういうことなのか。時間割を実際にくんでみてそう言っているのか。

でも、その「今更」という言葉を聞いた瞬間、私はもう「あぁ、この人もダメだ」と思ってしまった。

これまでも何人ものそういう人に会ってきた。どんなに言葉を尽くしても、根本的に違うのだろう、「形を整えること」とか「人を支配すること」とかがおそらくその人の第一の関心事であるために、話が通じない。だから話してもむなしさだけが募る。あぁ、話さなければ良かった、と話したあとに思う。

体中から力が抜けたし、全身から血の気が失せるほど頭に来たけど、だからこそ「もういいや」と思った。システムなんてどうだっていいや。この校長はこういうシステムにしたいんだから、もう話すのはやめよう。それはもう考えるのはよそう。授業をするのは私たちだし、結局、できることをやるしかないんだ。そして一番大事なのは、授業の中味なんだ。こんな人たちを相手にして時間を使うことなんてやめて、勉強しよう、と思った。

・・・仕事をしていると、いろいろな人に会う。そうすると、父に言わせれば元々が軽薄な私はすぐに頭に来たり嬉しくなったり、感情の起伏が激しくなり、自分のするべきことができなくなる。そうすると、「やっぱりフルタイムの仕事は辞めて、授業だけできるような環境に行きたいな」と思う。そうすればきっと余計なことは考えないで、ひたすら授業のことと生徒のことだけ考えられる。

こういうとき、一人でもいいから職場に同じような感性で話ができる人がいると本当に助かる。同じところで怒れる人。同じところで喜べる人。そういう人が一人いれば、耐えられる。でも今の職場にはまだそこまでの人は見つかっていない。私が心を閉じすぎているのかもしれないけれど。

周りに惑わされないで、自分のやるべきことを常に落ちついてできる人になりたい。すぐに熱くなったりしないで、いつも平静な心でいたい。
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# by blogbebe | 2004-06-29 21:50 |
2004年 06月 28日 |
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いつも書いてますが、今日も暑かった〜。外国人講師の先生はわりと恰幅のいい人なのですが、午後の授業ではやはり汗だくになっていて、頭にはハンカチをテニス選手のように巻き付け、"I'm a sweat maker!"と10回くらい言っていました。

で、今日はその外国人講師の先生との3年生の英会話の授業だけだったので、それはほとんどその先生に任せておいて(といっても生徒さんたちはおとなしく授業に参加してくれるわけでもないので大変ですが^^;)、空いている時間で2年生のテスト前の最後の時間に使う「テスト対策プリント」なるものの作成に時間を使いました。

・・・でもなんか作ってるうちに、これって英語のテスト?って感じになってしまいました。

いやいや、英語のテストなんですけど、やっぱり基本的なことで授業で私が話したことは押さえておいてほしいので、「名詞、動詞、形容詞」の定義を選ばせる問題とか、なぜこの動詞にはsがついているのか理由を書きなさいとか、この文のbeはなぜareなのですか、とか・・・。いいのかな、そんな問題。

でも、もちろんそれがすべてではなく、全体のせいぜい20%(多いな)にして、残りは普通の問題(beを入れさせるのとか、動詞の形を変えるのとか、文の並べ替えとか)にするつもりではあります。

それに、そういう「なぜ」というのをつけておけば、どこがわかっていないかということがあとから分かりますからね。点数が悪い子はあとから面談をするつもりでいるので、そのときに話ができますしね。

といっても、なぜbeが文に必要なのかということについては実は私もまだ分からない。夏休みに調べるつもりではいるのですが、夏休みといってもまるまる一日休める(というか研修)はたったの12日しかないし、あとは12日は全日出勤、残りは半日は出勤しなくてはならないということで。

この、夏休みのひどい状態についてはいくらでもまた書けるのですが、書いたからといっておそらく何かが変わる訳ではなく、考えれば考えるほど頭に来ることなので、もうもとから「ないもの」として考えることにしました。東京都は、教員に勉強させたくないようですので。

話がまたそれてしまいましたが、明日はまだその「テスト対策プリント」をやるクラスはないので、あさってからそれを使って各クラス一時間、復習に充てたいと思っています。といってもたぶん、英語のテストは最終日なので、きっとまたきれいさっぱり忘れてしまうだろうから、そのテストの前の日には、貴重な冷房のある部屋を使って補習をしようと思っています。

・・・ところで。

先週、授業で険悪になったM君ですが、他の先生の授業でもなんだか暴言吐きまくってるという話だったので、担任の先生がお昼を食べてるときにちょっと話してみました。そうしたらやはりというかなんというか、「あいつはたぶん構ってほしいんじゃないかな」というので、うーん、でもそれにしても暴言がすぎるなあと思っていたら、その後、その話を聞いていた理科の先生が、じゃああたしが6時間目に様子見てみるね〜、と言ってくれたので楽しみにしていました。

6時間目終了後、どうでした?どうでした?と聞いてみると、授業の初めにM君がたまたまプリントを取りにきたかなにかでその先生のそばに来たので、「これでもか、これでもか、というくらいさんざん話しかけてあげたら、すごい上機嫌だったよ〜♪」と言って戻ってきました。

なーんだ、そんな単純なことだったのかー。やっぱり構ってほしかったんじゃんー。でも良かったなあ、そんなことで。なんて言って職員室で笑っていたら、彼は職員室の掃除だったらしく、放課後「せんせ〜い」とやってきました。「おう!M君!掃除か〜、ご苦労さん〜」(←男の先生みたいな言葉遣いですね)などといいながら私もその理科の先生を真似てあれこれと話しかけてみたら、やっぱり上機嫌でゴミ捨てに行ってくれました。。。

良かった、これなら大丈夫だ。

生徒と関係が悪くなるのはやっぱりとても心が疲れます。本当は言いたくないことを言わなくてはいけないのが教師の役割なのかもしれないけど、まだまだ私はそこまでにはなりきれないみたいです。
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# by blogbebe | 2004-06-28 20:04 |
2004年 06月 26日 |
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やはり昨日はだいぶ疲れがたまっていたようだ。毎週楽しみにしている夜のエアロビクスのクラスにも、何となくいく気が起こらなくて行けなかったし、今朝も何となく体が重かった。

歯医者の予約があったので、それは行ったのだが、帰ってきたら猛烈におなかがすいていて、昼間なのにご飯を炊いて冷凍してあった和牛ハンバーグ(東急フードショウの1枚350円のやつ♪)を食べたら今度は猛烈に眠くなり、久しぶりに1時間くらいネコと一緒に昼寝してしまった。

冷房をつけたまま寝てしまったので、起きたらまたしても体がだるく、でも買い物に行かなくてはと思って、起きてだらだらと歩きながら駅前まで行って帰ってきた。そしてしばらくネットゲームしたり、買ってきた雑誌を読んだりしてから、先ほど夕飯を食べた。

そうしたら、知らないうちに体が復活していることに気付いた!

やっぱり、疲れてたんだなぁと思った。

先週は、授業の他に、来年からのカリキュラムを考える委員会などもあったり、そこで腹が立つことがいろいろあってムカムカしたりとか、試験の時間割を作ったりとか、学校要覧の校正があったりとか、なんかいろいろと神経を使うことが多かったし、それに毎日本当に暑かったから知らないうちに疲れていたんだろうな。

やはり、毎日心も体も元気でいなくてはいけないなと思った。

来週は試験前の最後の授業がどのクラスもある。しっかりポイントが押さえられるような有効な時間にするには、どうやったらいいかな。明日、きちんと考えて月曜日に備えようと思う。

※写真はうちの近所の大きな家の周りに植えられているお花。あまりにきれいだったので撮らせていただきました。うちの周りは、場所がいいので大きなすてきな家が多くて、そういう家を見ながら歩くのはとても楽しいです。うちはかなりのボロアパートだけど^^;;
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# by blogbebe | 2004-06-26 22:33 |
2004年 06月 25日 |
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きのう張り切りすぎたか、はたまた、今日は何が何でもこのプリントを終わらせなきゃと思ったせいかはわからない・・おそらくその両方であったのだろうが、今日はちょっとダメダメdayだった。

昨日ここに書いた、留年生のO君のクラスの授業が今日もあった。でも今日はあいにく午後。しかもすごく蒸し暑い・・・。でも頑張ろう。と思って教室に行った。

で、今日は否定文と疑問文をやろうと思って、でもその前に代名詞が目的語の位置に来たときは形が変わるということも少しやらなくちゃと思っていて・・・うーん、やっぱり焦ってたんだな。

前はおとなしかったのだが最近は少し発言するようになってきたM君が、今日はやけにつっかかってきて、「もう今日は終わりにしよう」とか「あと30分だ」とか「聞いてるやついないんじゃない?」とかいちいちこちらに聞こえるように絡んでくる。

しかも、M君だけじゃなくて今日は全体的にだらーーーんとしていて、そう言うときもいつも活発に答えを言ってくれるK君も今日は早退してしまっていなかったし、そのM君のヤジっぽい言い方にだんだん腹が立ってきてしまって。

その子はわりと英語はできる方で、自分はプリントをさっさと終えてしまっている。で、周りの子にどんどん話しかけたりしている。そのこともとてもイヤだな、と思っていたのもあって私も余裕がなかった。「なんでそう言う言い方するの?こっちは一生けんめい、どうやったら分かりやすくなるだろうとかいろいろ考えて授業に来てるのに。そういう風に言われると本当にムカつくよ。」と言った。

そうしたら少しはまずいと思ったのか、そのようなことは言わなくなったが、でも他の子たちも本当にだらだらしていて全然問題も解こうとしないし、問いかけても反応がないし。何か本当にイライラしながら一時間進めてしまった。

そしてさらに悪かったのは、6時間目。そのイライラを引きずって別のクラスに行ったら、ここはまた体育のプールのあとで、なかなか集まらない。でもチャイムが鳴って少し時間も経っているので授業を始めていたら、1階の自動販売機でジュースを買ってから教室にやってきた子が、他の子数人にそのジュースを配っていて、これまた「カチン」と来てしまった。

授業中にジュースを飲んだりガムをかんだりすること、それはもちろんいけないことだから注意しなくてはいけないのだが、私はあまり注意できていない。それは、それを全部やっていると授業が進まないというのもあるし、基本的には「勉強していればいい」と思っているからだ。集中してくれば自然とジュースには手が伸びなくなるものだし、それに本当に喉が渇いているときに集中なんてできないし。

でも、そのことに対していつもよりきつく怒ってしまった。怒るのは当たり前なのだがいつもあまりきつくは言わないので、その子はちょっと驚いて、「もう二度としません」と言っていた。たぶんこれくらいなら怒られないだろうと思ったからやったのだろうし、先ほども書いたが、私はジュースに関してはほとんどいつも注意してないので、少なくとも「もう二度としません」と言わせるほどに私はきつかったのだと、その子の態度を見てはっとした。

で、すごく後味が悪かったので、「ごめんね、ちょっときつく言い過ぎたかもしれないね。実はさっきのクラスでちょっとイヤなことがあって、なんかまだイライラしてるみたい」と言ったら、「何があったんですか?」と逆に興味を引いてしまい・・。もちろんその内容は、言ったらどんな風に尾ひれがつくかわからないので言えなかったけれど、「詳しくは言わないけど、どこまで注意したらいいか分からなくなっちゃってるんだよ」とだけは言った。

そうしたら、いつもまじめで頑張っているH君が「すいません、悪い学校で」と言った。「そんなことないよ、そう言う意味じゃないよ」と言ったのだが、そのあとはそのクラスの子たちはすごくまじめに静かに授業を受けていたし、答えを問いかけても誰も答えないときには、いつも一番後ろの席で静かにしている、そして英語はとても良くできるI君が全部答えてくれた。

情けない。そもそも初めにイライラしはじめたのだって、そのM君がそこまで挑発的なことを言ってくるには理由があったに違いない。私がM君に「なんでそんなこと言うの?」と言っているときも、後ろの方から「そうだよ、黙ってろよ、オタク!」というヤジが小さな声ではあるが飛んでいたから、もしかしたらクラスの中で何かあったのかもしれない。または、その子は英語がわりとできるのに、私があまりスポットを当ててあげてなかったから、抗議したかったのかもしれない。

分からないけど、もう少し冷静でいたかった。少なくとも、次の時間に引きずってしまうほど心に余裕がなくなってしまうというのはあまりにもダメだ。そして生徒に気を使わせてしまうなんて。あとから聞いたのだが、そのあとの方のクラスのある男の子が、「あの先生、あんな人だっけ?今日は機嫌悪いよね」と言っていたらしく、もう本当に恥ずかしかった。

私自身、あまり体調が今日は良くなかったからかもしれないし、先ほども書いたが今日は本当に教室は蒸し暑く、不快指数100って感じだったからある程度は仕方なかったのかもしれないけど、ダメだなー。その不快指数を忘れてしまうくらいの雰囲気が作れればいいのに、すっかりはまりこんでしまった。

否定文をやりながら、品詞の復習もするつもりだったのが、やっぱり忘れている子が多くてなかなか進まなかったのもちょっと悲しかった。週に2時間じゃ、復習しなければ忘れてしまうということは分かっているのだけど、やっぱり「そのときはできたのに忘れちゃったのか」と思うとなんか悲しいものだ。私だって生徒の立場だったらそうなるのに。わがままなものだ。

今日は暗い日記になってしまいました。明日はお休みなのでゆっくりしたいと思います。
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# by blogbebe | 2004-06-25 19:32 |
2004年 06月 24日 |
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今日は午前中4時間ぶっ続けの授業だった。

うちの学校では時間割を作るときにいくつかのルールがある。まず、「3時間ぶっ続けの授業は避ける」。これはもちろん、教員の体力の限界を超えるからだ。実習など仕方のない場合を除いて、一人の先生が3時間続けて授業をすることがないようにするということだ。

それから、「週に2コマしかない科目は、午前中に1コマ、午後に1コマになるようにする」。午後は彼らはとてもだらける。そのため、2コマの両方が午後だと、そのクラスだけほとんど進まなくなってしまうことになるから。

「週に2コマしかない科目は、2コマとも1時間目になることを避ける」というのもある。朝起きられずに遅刻を重ねる子がかなり多いため、2コマとも1時間目だとすぐに「欠時オーバー」となってしまうからである。

そんな学校で、4時間ぶっ続け。しかもこの猛暑。「今日は4時間ぶっ続けなんだ^^」と朝、何人かの先生に言ったらみんな目を丸くしていた。物好きね〜って感じなんだと思う。

正直、私も怖かった。4時間目なんてもう体力及び精神力の限界を超え、どうでもいいことで怒っちゃったりするんじゃないだろうか、とか。でも、結果的に言えば大丈夫だった。全然。確かに汗はすごくかいた。職員室は冷房が効いているのだけど、授業から戻ってくると汗が冷えて寒かった。でも、不愉快な気持ちにも全然ならなかったし、むしろこの暑いのによくみんな頑張ってるな、偉いな、という気持ちになった。

今日は二重目的語の文に入ったクラスが3クラス。これは生徒に取っては分かりやすかったらしく、どのクラスでもちょっとの説明でこの構文の共通点を理解し、並べ替えの問題がたくさん並んだプリントをやらせると、大部分の子が少し考えながらも割合とすらすら解いて行った。

でも、むしろこういうものになるとできない子がよりはっきりとする。主語はわりとすぐに見つけて、文を始めることはできる。でも次に動詞を探すことができない。日本語を見ながら、「動作はどれ?」と聞いても「・・・」という感じで考え込んでしまう。もちろんこういう子はクラスにほんの数人である。でも「動作」っていうことすら引っかかっているのかと思うと、じゃあどういう言葉で説明したら良いのかちょっと途方に暮れる。こういう子には説明じゃなくてたくさんの問題をやらせる方がいいのかな、とも思う。

今日の3時間目のクラスに、留年生のO君がいる。この子は英語はアレルギーといえるくらい大嫌いなようで、中間テストは3点だった。これがやっぱりとてもイヤだったようで、中間テスト後は授業中は両耳にイヤホンを入れ、当てても何をしても全く反応しない。というか、聞こえないようにしているようだった。留年生であるため、周りの子より年上であることも余計に彼のプライドの殻を堅くしているようで、当てるのもなんかかわいそうな気もしていつも気にしながらも何も言わずにいた。

その子が最近、少しこっちを見てくれるようになった。イヤホンも、片耳ははずしてくれるようになった。嬉しくなって、先週くらいからは問題を解かせるときは必ずその子のそばに行って、声をかけたり問題の答えを聞いてみたりするようにしていた。

でもやっぱりその子は「動作」が分かっていないようだった。今日も、主語は選べるけど動作が選べない。「ビルは彼女に手紙を送った」という文の主語がBillであることはわかってまず解答欄にBillと書くのだが、次は動作だよ、といっても「送った」だということは分からない。「この文は、ビルと彼女と手紙、っていう三つの人やものがあって、その中で行われている動きは『送る』ということだよね」などと言うと、「うん」というのだが、次の問題に行くとまたわからない。

どこでひっかかっているのだろう。きっと何かあるんだろう。同じクラスの中で、数学はまだ小学校2年生のドリルが解けていないと言われている別のO君にさえ、「動作は『送る』だろう?」なんて言われている。

結局、そのくらいでその時間は終わってしまい、復習なんて自分ではしないから、きっと明日の授業のときは忘れてしまっているだろう。でも、「動作」ということがピンとこないO君が、これまで授業中にどれだけ苦痛を感じていただろうと思うと・・・。

明日も声をかける時間は作れるだろうか。このクラスはとてもとても遅れていて、他のクラスはこの二重目的語のプリントのあと、これまでやった文の疑問文、否定文に入ってそこまで試験範囲にするつもりなのだが、このクラスだけはそこまで行けるかどうか分からない。でも、きっともう「名詞、動詞、形容詞」の区別は忘れてしまっているだろうし、従ってbeをつけるときとつけないときの区別もあやふやになっているだろうからその復習も兼ねて疑問と否定はぜひやりたいのだが・・・

今日もちゃんと寝て、明日、元気に頑張れるようにしたい。
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# by blogbebe | 2004-06-24 21:42 |
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